Jun 19, 2010

医療脱毛を受けた後奏の事項

医療脱毛を受けた控えておきたいのは、当日の飲酒や入浴を見合わせることになりました。基本的に医療脱毛は、レーザー脱毛の多いのですが、このレーザー脱毛は、皮膚の表面には反応しないので、ダウンタイムがほとんどないが、皮膚自体は非常に細かくなっているので、赤などの炎症を起こさないためにも、軽くシャワー程度にしておきましょう。
赤ら顔は嫌だった。いつも赤い顔なのに、緊張すると余計に赤ら顔が目に付いた。夏の暑い日にも赤い顔。冬の寒さにも赤い顔。一体私の顔はいつになったら普通​​の顔になるのだ。幼いころから考えていた。色の白い友達が羨ましくどうしようもなかった。緊張して少しピンクがなるだけに、それは可愛いと思った。私もピンクになってみたいと思っていた。
 第116回春季中国地区高校野球大会(中国地区高野連主催)は5日、倉敷市のマスカットスタジアムで準決勝2試合があった。第1試合は倉敷商が今春の県大会優勝校、作陽に9−0でコールド勝ちした。第2試合は宇部鴻城(山口)が八回に逆転し、2−1で岡山学芸館に競り勝った。倉敷商−宇部鴻城の決勝戦は6日午前10時から同球場で行われる。【原田悠自】
 ▽準決勝
倉敷商
  3001302=9
  0000000=0
作陽
(七回コールド)
 (倉)川井、笠原−福居
 (作)石原辰、村瀬−岡本
▽三塁打 川合、安藤、笠原(倉)
▽二塁打 江草、大山、藤井(倉)佐々木(作)
 倉敷商は初回、1死一、二塁から川合が中越え2点適時三塁打を放つなど3点を先制。五回にも3点を加えて突き放した。作陽は3安打と打線が振るわず、六回無死二塁の好機も逃した。
岡山学芸館
  010000000=1
  00000002×=2
宇部鴻城
 (岡)真黒−林
 (宇)笹永、金丸−西野
▽二塁打 下石(宇)
 宇部鴻城は1点を追う八回、2死二塁から藤本の適時内野安打で同点に追いつくと、続く下石が右越え適時二塁打を放ち逆転した。岡山学芸館は二回の先制後、得点を挙げることができなかった。

6月6日朝刊

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 ◇平和な毎日に感謝を
 「岡山空襲を知っていますか」−−。北区弓之町の就実高校で、岡山空襲を再現する演劇が公演された。戦争を知る60〜80代の卒業生12人が演じた。今月29日で岡山空襲から66年。戦争の記憶が風化する中、出演者は「死んでいった人たちの気持ちを伝える責任がある」と訴えた。【五十嵐朋子】
 ◇犠牲「伝える責任」 創作劇「太平洋戦争・岡山空襲を知っていますか」では灯火管制された家庭やもんぺばきで防空ずきんを肩にかけた女学生の服装などが再現され、出演者が歌や用語説明を交えて熱演した。公演は今年で3回目。衣装や道具もすべて手作りだ。
 「こういう時代があったと、心に留めてほしい」。空襲のとき就実女学校2年だった江田勝美さん(79)は当時を振り返る。
 1945年6月29日午前2時半ごろ、岡山城近くの自宅で就寝中、地響きのような大きな音で目が覚めた。窓から外を見ると、天満屋周辺が真っ赤に焼けていた。布団をかぶって母、妹と逃げた。「シュ、シュ、シュ」という音が響き、後楽園近くの鶴見橋の辺りに焼夷(しょうい)弾が落ちた。「怖いというより夢中で、何が何だか分からなかった」
 空襲では1700人以上が犠牲になったという。市街地の約6割が焼け野原になり、岡山城も焼け落ちた。市中心部に住む同級生は焼夷弾の直撃を受けて亡くなった。江田さんは「『お国のため』と言われて、子どもも年寄りも巻き込まれた。ひどいものだった」と声を詰まらせる。
 高齢のため舞台に立つ負担は大きく、出演者は昨年より2人減った。若い生徒たちに伝えたいと始めた演劇だったが、「来年は無理かもしれない」という声もある。劇の最後に出演者は訴えかけた。「つらくて情けない戦争で日本はボロボロになった。平和な毎日に感謝の気持ちを持って生きてください」
 7月2日午前10時10分から中学生向けの公演がある。一般の人も申し込めば観劇できる。問い合わせは就実高校(086・225・1326)。

6月6日朝刊

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 芸能人が政治や社会問題について自ら発言する。しかも、それが新聞への投書となると、かなり珍しいケースでしょう。ご存じの方も多いと思いますが、東日本大震災から12日後、本紙「みんなの広場」欄に歌手、橋幸夫さんの投書が掲載されました。
 発生後の震災報道を見ていて義憤に駆られる。有権者が悲鳴を上げているのに、国会議員の顔が見えない。いったいどこにいるのだ。選挙の時だけ地元で笑顔を振りまいているが、メディアにまったく登場しない−−という怒りの内容です。見出しは、まさに「国会議員は何をしている」でした。
 今回の内閣不信任決議案を巡るゴタゴタを見ていて、橋さんの投書を思い出しました。被災地と国とのパイプ役である国会議員こそいち早く現地入りし、先頭に立って働いてほしい。橋さんの不満は国会議員への期待の裏返しでもあったと思います。しかし、永田町から伝わってきたのは、「党利党略」に奔走する姿ばかりでした。決議案が否決された2日、支局の記者が県民に意見を聞きました。復興をダシに主導権争いに奔走している姿にあきれる声が大半だったのもうなずけます。
 この騒動の直前、私も疑問に思うことがありました。あるスポーツ大会の関係者から「開会式であいさつしたいという国会議員がいて……」と聞いたのです。週末に地元に帰り、国政について説明するのは大切な仕事です。しかし、わずか数分のあいさつで、今何を伝えるのでしょう。ひょっとして解散、総選挙もあると見越して顔を売るため? でも、大震災の発生からまだ3カ月もたっていません。被災地の実情をつぶさに見て国政に反映させようと努力していれば、地元に戻るペースやあいさつ回りが減っても、有権者からそう不満が出るとも思えません。むしろ「いざという時に頼りになる」と評価されると思うのですが。
 「大人」という言葉があります。「おとな」と読めば、「成人」のほかに「分別があるさま」(広辞苑)も指します。また、「たいじん」と読めば、「徳の高い立派な人」(同)の意味があります。国会議員はみな成人ですが、党利党略を超えて「こんなことをやっている場合ではない」という声が大勢にならないというのは、大人になりきれていない人が多いからでしょうか。そう考えると、国会に「○○チルドレン」などと称される人たちが少なからずいるのも、何やら象徴的な気がします。
 政治への不信が高まる中で懸念されるのは、社会不安が広く深く進行することです。岡山出身の犬養毅首相が暗殺された「五・一五事件」の背景には、今のような政党不信があったと指摘する識者もいます。国難と言われる状況下で、政治の貧困を嘆いているだけではいずれ自分で自分の首を絞めることになりかねません。「徳が高く立派」でなくても、せめて「分別ある大人」として、あきらめずに声を上げなければと思います。【岡山支局長・斉藤貞三郎】

6月6日朝刊

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